初めて細胞性粘菌を使用される方へ

細胞性粘菌とは

細胞性粘菌 Dictyostelium discoideum は土壌にすむ真核微生物です。 栄養条件が良い時は単細胞のアメーバとして分裂・増殖をしていますが、飢餓状態になるとアメーバが集合して子実体を形成します。 この子実体は胞子とその塊を支える柄細胞からなる、細胞分化を経て形成されるシンプルな多細胞体です。 また、多細胞体形成過程ではアメーバが細胞の集合中心の細胞が分泌するcAMPに対する走化性運動を示します。 そういった特徴から、細胞運動や走化性運動、多細胞体のパターン形成や細胞の分化などの研究に多く用いられているモデル生物です。 培養が簡単で分子生物学的実験手法が整備されており、多方面で研究に用いやすい生物です。

D.discoideum には次のような利点があります
  • 培養液中にて培養が可能
  • 世代時間が短い
  • 均質な材料をいつでも大量に調製できる
  • 形態形成を容易に短時間で誘導できる
  • 形質転換が容易で様々な発現ベクターが整備されている
  • 半数体であり相同組換え効率が高いため遺伝子ノックアウトが容易に行える
  • ハプロイドでゲノムサイズが小さい(34 Mbp)
  • ゲノム解読が終了し、ゲノム・cDNAの情報が整備されている
  • 細胞株やcDNA等のリソース供給体制が整っている

研究に利用される細胞株(標準株)

Axenic(合成培地で培養可能)な株(ほとんどの研究に標準的に用いられている)
  • AX2 発生の同調性が良く、細胞レベルの実験に特に適している。
  • KAX3 生化学、分子生物学的な解析に適している。配偶子cDNAの解析に用いられた。
  • AX4 KAX3から得たクローン株で、ゲノム、cDNA解析(配偶子を除く)に用いられた。

野生株から標準化された株(基本的に餌のバクテリアとの二員培養で維持)
  • NC4 上述のAxenic株の親株。D.discoideumの元祖とも言える系統。
  • V12 NC4に次いで多用されてきた株。NC4と相補的な交配型のため、有性生殖サイクルの研究に用いられている。

研究に必要な機器、消耗品とそのコスト

培養に必要な備品
  • 冷却機能付き培養用保温器(21℃で保温できるものであれば可: CO2は必要なし)
  • シェーカー(21℃で保温できるもの)または保 温器に入れることができれば可
  • オートクレーブ

培地の材料
  • Proteose Peptone 27,700 円/500 g
  • Bacto Yeast Extract 18,200 円/500 g
  • Glucose 1,400 円/500 g
  • KH2PO4 1,300 円/500 g
  • Na2HPO4・12H2O 1,050 円/500 g
  • Bacto Peptone 15,700 円/500 g
  • Lactose 2,100 円 500 g

以上の価格より算定した培地に係るコスト
  • HL5(Axenic株培養用) 約 1,100 円/L
  • 5LP(バクテリアとの二員培養) 約 370 円/L
  • N培地(バクテリアとの二員培養) 約 350 円/L
各培地の組成についてはこちらをご覧下さい。

その他消耗品
  • 滅菌シャーレ(IWAKI, BIOBIK等:深型; 20 mm) 約 10,000円/500枚
  • 三角フラスコ(バッフルなし;乾燥滅菌あるいはオートクレーブしたもの) 数百円〜一万円程度

ヒト病原遺伝子のホモログ

病原遺伝子リスト
細胞性粘菌は、酵母よりも多くのヒト病原遺伝子オーソログを持っています。
category human desease human gene Dd gene NBRP gene ID NBRP strain ID
Cancer Colon cancer MLH1 mlh1 G02718 -
MSH2 msh2 G02675 -
MSH3 msh3 - -
PMS2 pms1 - -
Xeroderma pigmentosum ERCC3 repB G00286 -
XPD repD G02737 -
Oncogene AKT2 pkbA - S00335
RAS rasG G02196 S00251
Other CDK4 cdk5 G00847 -
Neurological Lowe oculocerebrorenal OCRL Dd5P4 - -
Miller-Dieker lissencephaly PAF lis1 G21587 -
Adrenoleukodystrophy ABCD1 abcD2 G02682 -
Angelmann UBE3A ube3a - -
Ceroid lipofuscinosis CLN2 tpp1 G02155 -
PPT ppt1 - -
Tay-Sachs HEXA nagA G20124 -
Thomsen myotonia congenita CLCN1 clcF - -
Choroideremia CHM DDB_G0280143 - -
Amyotrophic lateral sclerosis SOD1 sodE - -
Parkinson's UCHL1 uch1 - -
Cardiovascular Hypertrophic cardiomyopathy MYH7 mhcA G23385 S00023
G23421 S00025
G24149 S00050
Renal Renal tubular acidosis ATP6B1 vatB G00080 -
Hyperoxaluria AGXT agxt G01137 -
Metabolic/endocrine Niemann-Pick type C NPC1 npcA G22050 -
Hyperinsulinism ABCC8 abcC3 G21675 -
McCune-Albright GNAS1 gpaA G21111 -
Pendred PDS DDB_G0276663 - -
Haematological/immune G6PD deficiency G6PD g6pd-1 G01457 -
Chronic granulomatous CYBB noxA G01209 -
Malformation Diastrophic dysplasia SLC26A2 DDB_G0276663 - -
Other Cystic fibrosis ABCC7 abcC8 G20556 -
G20631 -
Darier-white SERCA ionA G00371 -
Congenital chloride diarrhoea DRA DDB_G0276663 - -

参考図書

  • 細胞性粘菌のサバイバル(株式会社サイエンス社)

    細胞性粘菌に関する生態と研究を初心者に分かりやすく解説してある細胞性粘菌の入門書。

  • パワフル粘菌(東北大学出版界)

    細胞性粘菌の発生に関して著者の研究をもとに分かりやすく解説した書。

  • Dictyostelium(Cambridge University Press)

    英語で書かれた細胞性粘菌研究の総説書

ウェブサイト

  • dictyBase

    アメリカで運営されている細胞性粘菌ゲノムの総合データベース。 D.discoideumはもとより、他種細胞性粘菌のゲノム、遺伝子情報も閲覧できる。 その他、細胞株や実験手法等についての様々な情報が利用可能。

  • 日本細胞性粘菌学会

    平成23年に設立された日本細胞性粘菌学会のホームページ。例会情報、国内研究室へのリンク等が役立つ。

  • Atras

    D.discoideum発生期での遺伝子発現パターンを収録した画像データベース。

細胞性粘菌トレーニングコース

細胞性粘菌を新たに使用される方のために、2011年より培養と基本的な実験手法についてのトレーニングコースを開設しています。
page-top